<序・外へ>
千丸にとって、ふわふわと雲を踏む日々だった。
長可の討ち死に前後の時期の記憶は、おぼつかない。
義姉(あね)の久が、髪を四方に伸ばし、失神したのは覚えている。
母や姉たちがかけより、侍女たちに運ばせたのも覚えている。母が千丸に気づき、何やら話しかけてきたが、何を言っているのかわからなかった。
ただ、この間、視点が変わっていないから、自分はぼんやりと立っていただけなのだろう。
やがて池田家から老臣がやって来て、久をつれていってしまった。
そうそう、『母が気落ちしきっている。慰めるために久を引き取りたい』。これが池田輝政の言い訳だった。
久はうっすらと涙を浮かべ、振り返り、振り返り、金山城を去っていった。
後から計算すると、この間、一年余りたっているが、まるで覚えていない、
久の後ろ姿に、書院から見送った梅は何か言ったが、もちろん千丸の耳には届かなかった。
振り返った梅と千丸の目が合った。
梅は兜を持っていた。
霞がかった視界の中、梅は兜を持ちながら近づいてきた。
千丸の前に立つと、何かを言って、兜をかぶせてきた。
ずしっ。
千丸の頭が重くなった。
左右から、ぎこちない笑顔を浮かべた妙向尼と竹が何か言ったが、もちろんわからない。
次に現れたのは、各務兵庫であった。
鎧を着込んだ各務兵庫は千丸の前に立ち、何か言った。意識に霞がかっている千丸には、わからない。
「トノ。ゴシュツジンデゴザイマスゾ」
ここにいたって、千丸の精神は、ようやく現実世界に繋がった。
「…………え?」
各務兵庫は辛抱強く繰り返した。
「ご出陣でござる」
キョトキョトと、千丸は目を泳がせた。
「……え?」
<一・戦へ>
佐々成政という男がいる。
<二・南へ>
ちなみに、この何もしていない忠政が、天正十四年七月十一日、豊臣秀吉の関白拝賀の節に供奉を仰せつかった。
<三・東へ>
九州は平定した。残りはどこだ?
<四・西へ>
天正二十年は、十二月八日に文禄に改元された。
<五・港へ>
外にたなびいていた黒い煙が、内に向かってきた。
<続>